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椿山の茂じいさん

ペンネーム 千 恵子 (柏市 主婦・67歳)

 

 町から少し離れたところに椿山と呼ばれる山があります。椿山には椿の他にも桜やつつじ、紫陽花、萩などがあるので一年中花が咲いています。持ち主の茂じいさんは若い頃は炭焼きをしていましたが、炭が売れなくなったのでクヌギやカシの木を切って、花の咲く木を植えてきました。冬の終わりから春にかけては、椿が次々と咲いてたくさんの人がお花見にきます。椿の好きな茂じいさんには一番うれしいときです。
 ところがどうしたことか、今年は誰も来ません。うぐいすの声だけがひびきわたります。
「ありゃ、どうしたことかな」
 茂じいさんは首をかしげました。それで、町にようすを見に行くことにしました。山道を下って行くと杉の枯れ枝や小石が落ちています。
 「春一番が吹いたからな。これじゃ危ないなあ」
 茂じいさんは家に戻って、熊手とほうきで掃除しながら町まで下りました。ところが、人の気配がありません。小学校からは子どもたちの元気な声も聞こえません。広場にも誰もいません。そこで、よろず屋をやっている幼なじみの研ちゃんのところに行きました。
「ごめんよ」茂じいさんが中に入ると、
「ああ、茂ちゃん……」マスクをした研ちゃんが、ビニールカーテンの向こうで驚いた声を上げました。
「研ちゃんどうした、風邪か?」
茂じいさんが心配そうに聞くと、
「いいや、風邪じゃないよ。茂ちゃん、何も知らないのか? いまはやり病が広がっているから、用事がなければ外に出ちゃダメなんだ。これにかかると、年寄りは危ないそうだ。だからマスクしているんだよ」
研ちゃんはもごもごと言いました。
「へーそれで、誰も山に来ないのか」
 茂じいさんはやっと事情が分かりました。
「そうよ。花見どころじゃないさ。茂ちゃんもこのマスクして早く家に帰んなよ」とマスクを渡すと手を振りました。
 マスクをした茂じいさんが町を後にすると、けやきの木の下にお地蔵さんたちが並んでいます。六体とも赤いよだれ掛けと赤いマスクをしています。
「こりゃ、お地蔵さんもなんぎだね」
茂じいさんは手を合わせました。
 家に着くと茂じいさんは山を見て、「どんな時も花はいいもんだ」とつぶやくと、椿の花を沢山切って、かごに入れるとかごをせおい、マスクをして山を下りました。
 そして、お地蔵さんの周りを椿でかざりました。それから町の真ん中の道祖神にも椿をお供えすると、早くはやり病が退散して、笑えるようになりますようにと祈りました。

 

童話作家緒島英二さんより

 社会の現状を捉えながら、人の持つ温もりの心が、花々に包まれました。

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